GLOOBEとJ-BIM施工図CADによるBIMも まずは日々の業務で活かしきることから
広島市に本社を置く下岸建設は、1948年創業、業歴70年を超える地域密着型の総合建設会社である。
創業以来さまざまな請負工事を展開し、地域インフラの充実に貢献してきた。特にRC・鉄骨造の建築物を得意としてきた同社だが、近年はこの特徴を活かした分譲マンション「ハウス バーンフリート」事業を開始。ゼネコンとしては数少ない自社プロデュースによる企画販売と、購入者の多彩なこだわりを活かす独自の「自由設計空間」作りで人気を集めている。そんな同社が、GLOOBEを購入してBIM導入の取り組みを開始したのは2016年。まずは同社らしい計画段階での活用により着々と成果を上げつつある。その取り組みの背景と狙いについて、同社のBIM導入を主導している企画室の平賀幸壮氏にお話を伺った。
3D CADとBIMソフトは全く違う
「私が下岸建設に入社して25年になりますが、当社が初めてCADを導入したのも同じ頃でした。少々変わっていたのは、そのCADがMacOS上で動くCADだったことです」。そう語るのは下岸建設で企画室 室長を務める平賀幸壮氏である。平賀氏によれば、当時は全社でMacintoshマシンが使われており、CADもまたMac上で動く製品が導入されたのだと言う。建設会社としては異色というべきMacベースのコンピュータ環境は、当時のトップである現会長の意向だった。
「モノづくりへのこだわりがとても強い方で、Appleのモノづくりスタンスに共感しておられました。だから会社で使うパソコンもWindowsでなくMacを選んだと聞いています」。ただ、このMac版CADは優秀で、当時としては珍しかったカラー出力も可能だった。そこで平賀氏は着色した図面による設計提案等の工夫で顧客から好評を獲得。こうしたビジュアルプレゼンが同社の強みの一つとなっていた。「そんな当社だけに新しいものへの理解も深く、仕事に係わる新技術は積極的に導入する方針でした」。このスタンスは現社長にも引き継がれ、後のBIM導入の取り組みに繋がっていったのである。
「最初にBIMに触れたのは2012年。ある海外CADベンダーのプレゼンで、この言葉に触れました。とはいえ当初は“よりリアルな3D CADかな?”なんてトンチンカンなことを考えていましたね」。ただ、そのプレゼンテーションは非常に大きなインパクトがあった、と平賀氏は当時を回想する。図面でなく3Dモデルで見せるリアリティや天井裏まで仕上がりが確認できる利便性。手軽にウォークスルーで見せられるビジュアル効果等に心を鷲づかみにされたと言う。
「ただ、当時自分たちが使っていたCADも、いちおう3次元的な機能を備えていたので、その時はあらためて高価なBIMソフトを買うほどの必要性はないだろう──と判断しました」。ただ、他方ではBIMという新しいトレンド/技術への関心は非常に高く、平賀氏は引き続きBIMに関する情報の収集を続けていったのである。
「お恥ずかしい話ですが、そうやって多くの記事を読み、多くの人の話を聞くうちに、ようやく私も“3DとBIMは違うものなのだ!”と分かってきたのです」。同じ頃、イノベーション立県を標榜する広島県が進めていた取り組みに下岸社長も参加することになった。これが一つのきっかけとなって下岸社長は広島建築界での交流を大きく拡大。それらの交流を通じてBIMの話題に触れる機会も激増し、BIM導入の必要性を強く意識するようになっていったのである。
国産BIMソフトならではの独壇場
「こうした経緯を経て当社でもBIM導入の機運が急激に高まり、企画室を任されていた私がBIMツールを選定することになりました」。平賀氏が統括する企画室とは、分譲マンション「ハウス バーンフリート」などの自社物件や新規の請け負い物件に関して、その土地購入計画から企画、設計までトータルに行っている部署である。つまり、BIMを導入すれば、その運用は企画室が中心となって行うことになるわけだ。
「BIMツールの具体的な選考については、この分野を代表するBIMソフト3製品に、従来私たちが使っていたCADも加え、合計4製品で比較検討していきました」。従来使用していたCADは、平賀氏らも使い慣れていた製品だけに操作性等に関する問題はなかったが、やはりBIMツールとして見ると機能的に物足りない部分も多かったと言う。結果、そのCADは早々に選外となることが決まり、残る3製品を対象とする比較検証が進められていったのである。
「まず海外製の2製品についてはBIMツールとして実績があり、私も大いに期待していました。ところが実際に試用してみるとどうも分かり難く、いろいろと難しく感じてしまったのです」と平賀氏は苦笑する。だからというわけではないが、それらと比べて対照的だったのがGLOOBEの評価だった。「とにかくすんなり入れて使いやすいんですよ。インターフェースも馴染みやすくて……特に気に入ったのが、日本の法規に対応している点でした。たとえば集団規定等についても、容易に素早く検討することができるのです」。これこそ日本生まれのBIMソフトだからこその強みだと平賀氏は語る。
前述の通り、土地購入から企画、設計して提案まで行う下岸建設の企画室では、土地購入計画のため日本の法規に基づくボリューム検討など、精確さとスピードを求められる作業が日常的に発生する。そして、それは国産BIMソフトであるGLOOBEの独壇場にほかならなかった。「良い条件の土地の購入は競争なのでスピードが命です。新しい土地の情報はいつ入ってくるか分かりませんが、入ってきたらできるだけ早くその土地について“買う/買わない”を判断し、お客様にお勧めするか否か決めなければなりません。当然、ジャッジのためのボリューム検討にも最大限のスピードが求められるわけで……だからこそGLOOBEが最適だったのです」。
業務環境に合わせた特異な進化
こうして、2016年に下岸建設はBIMソフトとしてGLOOBEを購入し、本格的なBIMの導入と活用を開始した。活動の中心となったのは、もちろん平賀氏が率いる企画室である。
「当然のことですが、導入したから即座に全てをBIMに切り替えるというわけにはいきません。本当は大手ゼネコンのようにBIM推進室的な専任部署を作って取り組めれば良いのですが、当社のような中小規模の企業には人的な余裕がありませんから」と、平賀氏はまた苦笑いする。実際には平賀氏が中心となって既存の業務と並行してGLOOBEの操作を習得。実務におけるBIMの活用を考え、実行していく──という流れで進められた。現状、設計担当は平賀氏と新人の若手設計者が1名いるだけで、同社の企画設計は基本この2名で全てを行っている。そのためBIM導入にあたっては、実務とバランスを取りながらじっくり取り組んでいった。
「言うまでもなくGLOOBEは、Mac環境では動きません。ですからまず企画室内にWindowsを入れ、GLOOBE専用のBIM環境を作ることにしました。そして、当面はこのMac環境も残したまま、GLOOBEだけでなく従来使っていたCADも併用する形で運用しています」。
こうして約5年が過ぎたいま、GLOOBEによるBIMと従来式の2D設計を組み合わせた下岸建設独自の設計スタイルは、徐々に企画室に定着。一般的なゼネコンで行われているBIMの運用方法とは異なった、独自の進化を続けている。
「正直言ってGLOOBEの機能については、前述の通り、実務においてはボリューム計算など一部の機能しか活用できていません。これではBIMとしての運用が十分進んでいるとはまだまだ言えないでしょう」。事実、活用方法だけ取り出してみれば、いわゆる一般的なBIMの取り組みとは目指す方向が異なっているように思える。だが、同社にとって重要な業務課題だったプロジェクト初期段階における対応スピードや効率化等の問題について、GLOOBEの機能が既に有効に働いているのも事実なのである。
では、そのGLOOBE活用法とはどのようなものなのか。次項では、その具体的な内容について紹介していただこう。
用地購入前のボリューム検討をより速く
「当社の自社物件としては、前述した分譲マンション“ハウス バーンフリート”が挙げられます。これは購入したお客様の要望に合わせて、室内を自由に変えられるのが大きな特徴です」。部屋の間仕切りを一つ変える程度の自由度なら他社物件にもあるが、ハウス バーンフリートは、間取りもキッチンなどの設備も、購入者の要望に合わせ一から全て注文を受けて作りあげる真の「自由設計空間」だ。さらにマンション1棟ごとにテーマが設定され、それに基づいて外観デザインもそれぞれ異なる意匠が生み出される。
このようなコンセプトを持つ商品だからこそ、どんなタイミングでどのような土地を入手し、そこにどんな建物を建てるのか──用地購入前のボリューム検討等が一段と重要になるのである。そして、前述の通り用地購入は競争となるため、その判断材料とするためのボリューム検討も速さと品質が要求される。そして、そこで威力を発揮するのがGLOOBEなのである。
「実際に活用が始まるのは分譲マンションの計画立上げの時です。候補となる土地が出てきたらまずGLOOBEでこれをトレースし、メッシュ状の鳥籠やブロックモデルによるボリューム検討を行います」。逆日影や斜線計算、また天空率や逆天空など、GLOOBEのさまざまな機能を駆使。法規制内で最大ボリュ-ムを取るために検討していくのである。「以前のCADでは、少し複雑なものなどどうしても3日程かかりましたが、GLOOBEなら1日もかかりません。本当に凄いな、と今でも感動してしまいます」。
現在ではこの初期段階におけるGLOOBEの活用もさらに広がった。平賀氏によれば、3Dモデルから平面図やパースを生成してプレゼンテーションに用いたり、建具表を作成したり、3Dモデルから数量を拾って概算積算も行うようになった。だが、こうしたBIM活用は基本計画段階のそれに留まり、なかなかそれ以上拡大していけないのが現状だ。そこで施工現場へのBIM普及を支援するため、同社は2018年、J-BIM施工図CADを導入したのである。
BIM活用シーンの拡大も現在進行形
「J-BIM施工図CADは、施工の現場でのBIM活用を目指して導入しました。当面は施工部隊にとって負担が大きい施工図作成の負担軽減を目指しています」。もちろん企画室のGLOOBEとの連携も重要な目標だが、これはまだ実現できていない。現状では、現場の技術者がJ-BIM施工図CADを用いて躯体モデルを作成。そこから切り出したデータを元にJw_cadで加筆して施工図を作成している。「それもまだ限られた現場でしか実践できていません。直近では4階建て店舗の現場で、先方からもらった2Dの設計図を元にモデリングし、施工図を起こした例があります」。現場担当からは「モデリングは比較的簡単だったし、モデルを作ってしまえば後は楽に進められた。また、モデリングよりコンクリートや型枠の数量を拾い出し積算の参考にした」という報告も届いている。
「やはり、興味を持ってくれる人が現場にいて、その人が“楽しそうだ”“効果的だ”と思ってくれると活用が一気に進みますね。それには無理に押し付けてもダメなので、当面はこうした事例を積み重ね、興味を持つ人を増やしていきます」。もちろん企画室としてもGLOOBEの活用を広げていこうという方針に変わりはない。「私自身のチャレンジとしては、GLOOBEで一度、確認申請業務をひと通り全部やってみたいと考えています。とにかく、まだ先は長いので、じっくりと着実に進めていきたいですね」。
取材:2021年3月