設計者にとって「使うことが楽しい」GLOOBEでBIMの活用フィールドを拡げ、脱CADを実現する
愛媛県西条市のH&M一級建築士事務所は、建築家 山本宏氏が主宰する建築設計事務所である。西条市を中心とする愛媛県東予地方全域をフィールドに、商業施設や商業施設に付随する併用住宅を中心に多様な建築のデザイン、設計施工を行っている。
そんな同社では、2015年の事務所法人化と同時にGLOOBEを導入し、BIMの活用を開始している。現在では基本設計に関わる設計業務において、GLOOBEを中心にほぼ完全なBIM化を実現。設計品質の向上や業務効率化による時短など、あらゆる側面でBIMの導入効果を実証し、さらに実施設計や積算、FM等も含めた分野へBIM活用の拡大を推進している。完全なる「脱CAD」を目指す山本氏に、その取り組みの詳細について伺った。
BIMが普及する前に「脱CAD」を
「私がBIMというフレーズを初めて眼にして、これを意識するようになったのは2015年。この事務所を法人化した年のことでした。ある建築情報誌に掲載されていたBIMに関する記事を読んで、強い興味を持ったのです」。そう言って、H&M一級建築士事務所の代表 山本宏氏は当時を回想してくれた。
その時、山本氏が読んだと言う記事は、近い将来、このBIMという建築手法がわが国建築業界の新たなスタンダードになる──という予言的な内容で、BIMへの早期の取り組みを読者へ促していた。これに注目した山本氏は、みずからBIMに関する情報を集め始め、やがて、その興味はBIMを実践するためのBIMソフトへと向けられていった。
「では、どんなメーカーがBIMソフトを出しているのか、私も気になったので調べていくことにしました。すると次々と海外メーカーの社名が挙がる中で、唯一の国産メーカーとして挙げられていたのが、福井コンピュータアーキテクトのGLOOBEだったのです」。長年にわたりJw_cadを使い続け、海外製品にどこか馴染めないものを感じていた山本氏は、このGLOOBEに注目した。「日本語の操作画面を見ただけで、やはり日本製は良いな、と感じました。日本語コマンドだから、どこに何があるかひと目で分るし……直感的に操作できると思ったんです」。
ちょうど福井コンピュータアーキテクトが行っていた販促キャンペーンにより、GLOOBEはコスト的にも導入しやすくなっていた。そこで、とにかく試用版を導入してみようと山本氏は動き始めたのである。事務所が法人化したばかりでいきなりBIM導入を決めたと聞くと、ずいぶん性急な判断のようにも思えるが、山本氏にとって、それはごく自然な流れだったのである。
「BIMを知ってからずっと、私は“脱CAD”を追求するようになっていました。なぜならBIMというものを知れば知るほど、これがこれからのワールド・スタンダードになるのは間違いないと感じたからです」。近い将来、CADがなくなってしまうのなら、それに先んじて、いち早く「脱CAD」を果たしておく必要がある。山本氏はそう考えた。たとえBIMソフトを購入しても、そのソフトを思い通りに使えるようになるにはそれなりの時間がかかるだろう。だから他社に先んじてこれを導入し、じっくり時間をかけて操作に慣れておくべきなのである。
「長年使い続けてきたJw_cadを乗り換えることにも、抵抗はありませんでした。私はもともと、新しいものに変えることにもあまり抵抗感がない人間なんです。とにかくBIMが一般化する前に、CADを使わなくて良い体制にしておきたい、という思いがまずありました」。こうした経緯を経て、山本氏はまず、試用版GLOOBEを導入に踏み切ったのである。
BIMとは何よりまず「楽しい」もの
「試用版に触れ始めると、意外とすぐ“これなら何とかやっていけるな”と思いました」と、GLOOBE導入当初の自分を思いだして、山本氏は笑顔になった。実はGLOOBEの操作性は、山本氏が長年使い続けてきたJw_cadとよく似たものだったのである。「20数年もJw_cadを使ってきましたが、GLOOBEも平面上で描く時はこのJw_cadとほぼ同じような操作で描き進められるんですね。あとは立体のための高さ等のデータさえ与えていけば良い、という感じで……これなら私にも全然使えるぞ!と思ったのです」。
もちろん海外製の他社ソフトとの比較も行ったが、山本氏の決意はまったく揺るがなかった。GLOOBEの正式導入を決めて契約を結び、サポート等も利用しながらマニュアルに則ってひと通りの操作を身に付ける。そして、すぐに実務へとGLOOBEを投入していったのである。
「サポートにも助けられながら最初の物件を入れていったのですが、それが何と言うか、メチャメチャ楽しかったんですよ」と山本氏はまた笑顔になる。「自分の頭の中にあった構想が、入力するだけでどんどん立体になり、形になって行く。それがまるで自分の手で建物を育てているみたいで楽しくて。しかも、それはお客様にとっても同じで……つまり、これはお客様とワクワク・ドキドキを共有できるソフトなんですね。結局、3~4カ月間、ほとんど寝ないでやってました」。
このGLOOBEによる建築モデル作りで味わった「楽しさ」は、いまも少しも変わらないと山本氏は言う。その時から約6年間、同氏はGLOOBEの活用フィールドを少しずつ拡げながら──そして「楽しさ」を存分に味わいながら、BIM設計を続けているのである。
素早く適確に形を決めていくために
「残念ながら現在もまだ、完全な脱CADは実現できていません。しかし、基本設計については、ほぼ完全にBIMだけで進めるようになっています」。そう語る山本氏に、現状のBIM設計の基本的な流れについて聞いてみると、まずお客様とお会いして建物への要望等をヒアリングし、その上でプランニングを開始する──という流れは普通一般の設計者と変わらない。だが、山本氏の場合は、このプランニングの作業からフルにGLOOBEを用いたBIMで進めていく。
「特にスペース取りに関しては、BIMを使うことで、非常に早い段階から建物をある程度具体的にイメージできます。BIMのメリットはいろいろありますが、私にとってはこれが非常に重要です」。つまり、GLOOBEを使うことにより基本設計での初期スペース取りの段階で、依頼主の要望に応えて練り上げた建物モデルの形状を、敷地となる土地の形状やロケーションに、素早く適切に馴染ませていくことができるのである。
「とにかく一回、スペースと高さだけでゾーニングを重ねながら検討していくことが非常に効果的で。そこへ肉付けしていくようにしてフォルムを決め込んでいきます」。この作業を済ませておくと後工程が非常にスムーズに進められるようになる、と山本氏は言葉を続ける。もちろんその後も、お客様への提案や細かなやり取りでBIMモデル自体やこれを元に作った各種のビジュアライゼーションをフルに活用していくのは当然だろう。
そうやってプランが固まり本契約を結べば、いよいよ施工が始まる。そこでは詳細図面が必要となるため、さすがにBIMだけでなくJw_cadも併用しながらの作業となる。
「2D CADでなければできない、というわけではありませんが、やはり確認申請図面や詳細図の作成となるとJw_cadにも頼ってしまいますね。ただ、最近は小さいモデル部品等も自分で作るようになっており、インテリア等も一つ一つモデリングしてそれぞれのフォルムをきちんと確認した上で、実際の施工に取りかかるようにしています」。もちろん、施工段階になってからも、BIMをまったく使わないわけではない。実際に現場が始まれば、各協力会社とのやり取り等でも日常的に3Dモデルを使っている。
「協力会社とのやり取りの場では、わざわざ美麗なパース等は求められません。だから、GLOOBEで作った3Dモデルから必要な箇所をキャプチャした画像を、そのまま使って打ち合せています」。そのため、コストや時間を気にせず大量の3Dモデル画像を使えるようになった、と山本氏は言う。そうやって「目で見て分かる」打ち合せを行うことで、山本氏の設計に対する職人たちの理解は段違いに高まり、認識のズレによるトラブルも大いに減ったのだ。次項では、こうしたBIMの活用がもたらしたメリット──導入効果について山本氏に聞いてみよう。
BIMは個人事務所の強力な武器になる
「早い段階からフォルムをチェックしながら設計を進めていけることが、やはり私にとって一番大きなメリットですね」。商業建築のデザイン・設計を事業の主柱とする山本氏にとって、建築の機能性はもちろん重要だ。だが、それ以上に「格好が第一」という思いが、建築家 山本宏の中にあるのだと言う。「たった数ミリの違いでフォルムが大きく変わってくる。それは建築の世界で多々あることです。特にインテリア等では、本当に少し違うだけで“ダサい”と“カッコイイ”の差が出てきます。板材一枚にしても22ミリが良いのか25ミリなのか問題になるわけです。でも、これもBIMに入力するだけで、この数ミリの違いを目で見て良否を確認しながら進められます」。同様のことがカラーリングについても言えると山本氏は言葉を続ける。
「GLOOBEの場合、3Dカタログの存在もすごく大きいのです。これを使ってメーカー建材や住設機器の3D部品を、簡単に入手して貼り付けられますからね。カラーリングに関わるお客様との打ち合せでも、こうしたビジュアルなやり取りが非常に効果的です」。たとえば「外壁のこの部分に、こういう建材を使ったらどうなるのだろうか?」といったお客様との実際のやり取りの中で、以前はこうした課題はいったん持ち帰って検討し対処するしかなかったが、BIMが使える現在なら、メーカーの品番を入力すれば、即座にその3D部品を入手して入れ替え、お客様にモデルを確認してもらえるのだ。
「現場で建てる建物を先にPCの中で建てていける。言わば一種のVR体験と言えるでしょうか。プランに対するお客様の見方も大きく変わりましたね」。つまり、“どんなものができるのだろう?”というお客様の疑問と不安が、“こういうものができるんだ!”という確信と安心に一変したのである。顧客満足という点で大きな意味を持つのはもちろん、“仕上がりが思っていたものと違う”ことに起因するお客様とのトラブルや手戻りの発生を事前に防ぎ、現場の効率化にも大いに貢献しているのである。
「お客様のためになっているのはもちろん、作り手である私たち自身にとっても大きなメリットが幾つもある。そう言えるでしょう。そんな風に考えていくと、実はBIMはゼネコンのような大会社より当社のような個人事務所にこそ、より効果的な手法と言えるかも知れません」。だから……と山本氏はさらに言葉を続ける。
「個人事務所の設計者にとって、“ビジネス上の武器になるもの”というのは、正直言ってなかなかありませんが、BIMというのは、実際に導入し活用できれば、間違いなく一つの強力な武器になります。特にいまなら“こういうものもやっている”という事実だけで、ある程度、売り物にできるような状況にあると感じています」。だからこそ一人でやっているような小規模事務所の設計者には、一刻も早くBIM導入に挑戦して欲しい、と山本氏は願っている。
「もしあなたがJw_cadユーザーなら、まず一度、Jw_cadで作った設計をGLOOBEの試用版でBIMモデルに置き換えてみると良いんじゃないでしょうか。一度でも既存のモデルをBIM化してみれば、きっとその素晴らしさ・可能性の豊かさを感じられるはずです。もちろん私もできるだけ早く、次のステップへ踏み出したいと考えていますよ。これまで時間が無くてなかなか試せませんでしたが、何とかGLOOBEで詳細図を作り確認申請も行いたい。そして、完全な脱CADを実現したい。これが私のいまの目標です」。
取材:2021年8月