国土交通省が令和3年度BIMを活用した先導事業者型モデル事業に技術研究施設の維持管理BIM運用を選定
大阪市阿倍野区に本社を置く奥村組は、1907年(明治40年)に創業し、百年を超える歴史を持つ総合建設会社である。「『堅実経営』と『誠実施工』を信条に社会から必要とされ続ける企業として、社業の発展を通じて広く社会に貢献する」を経営理念として掲げ、将来のありたい姿を示す「2030年に向けたビジョン」を策定し、長期的な観点から経営に取り組んでいる。本稿では、奥村組が自社の設計施工で全面リニューアルした技術研究所(茨城県つくば市)の管理棟と新築した室内環境実験棟に維持管理BIMを導入するにあたり、BIM推進室の皆様にお話しを伺った。
国土交通省が令和3年度BIMを活用した先導事業者型モデル事業に技術研究施設の維持管理BIM運用を選定
「堅実経営」と「誠実施工」を信条に、建設の仕事に真摯に向き合ってきた情熱を「建設が、好きだ。」というメッセージで表現するべく女性社員の「奥村くみ」が登場するテレビ・コマーシャルを目にした人も多いに違いない。
本稿では、奥村組が自社の設計施工で全面リニューアルした技術研究所(茨城県つくば市)の管理棟と新築した室内環境実験棟に維持管理BIMを導入するにあたり、福井コンピュータアーキテクトのBIMソフト「GLOOBE」のFM連携機能に着目し、長期修繕計画の策定やメンテナンスの効率化、維持管理費用のコストダウンなどに取り組んでいる事例を報告する。本件は、国土交通省による令和3年度BIMを活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業(先導事業者型)に選定されており、「技術研究施設におけるBIMモデルを用いた維持管理業務効率化等の検証」と題して広く公開されている。
検証にまつわるキーワードは「発注者メリット」「ライフサイクルコンサルティング」
国土交通省では、建築分野における生産性向上に寄与するBIMの活用を促進するため、設計・施工等のプロセスを横断してBIMを活用する試行的な建築プロジェクトにおけるBIM導入の効果等を検証する取組みを支援する目的で「BIMを活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業」を行った。具体的には、有識者、関係団体等から構成される建築BIM推進会議で策定された「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン(第1版)」(令和2年3月)に沿ってBIMを活用する試行的な建築プロジェクトについて、効果検証等の取り組みに要する費用を支援するものであった。奥村組は、先導性をもった事業者の中から特に発注者メリットを含む検証等を行うものと規定された先導事業者型モデル事業に応募し、応募16件、採択7件の中において「令和3年度先導事業者型」として選定された。
奥村組では、当該モデル事業において検証する定量的な効果とその目標を、検証A:維持管理BIMシステムを用いて行う維持管理業務量の削減(維持管理業務時間の5~10%削減)、検証B:改修工事における設計・施工業務時間の削減(改修工事の設計業務時間の10%削減・改修工事の施工業務時間の10%削減)として定めた。本稿では、キーワードとして先導事業型モデル事業の規定にある「発注者メリット」と新しい職能として注目される「ライフサイクルコンサルティング」に着目し、BIMソフト「GLOOBE」のFM連携機能の優位性にも焦点を当て検証を進める。
維持管理業務の専門職でない担当者が維持管理BIMシステムを運用してより現実的な発注者メリットを抽出
2020年5月に改修竣工した管理棟は、地上4階・PH1階・RC造、延床面積1330.10平米の事務所ビルである。我が国初の実用免震構造ビルとして1986年に完成竣工している。同じく2020年5月に竣工した室内環境実験棟は、地上2階・RC・S造、延床面積978.86平米の実験施設である。今回の検証においては、管理棟の改修工事と室内環境実験棟の新築工事に際してBIMソフト「GLOOBE」を用いて全体のBIMモデルを構築し、実際の建物の供用時は、BIMモデルとのID連携によって維持管理BIMシステム(長期修繕計画システム・施設台帳管理システム)を運用している。図にあるように、維持管理BIMシステムとしては、株式会社FMシステムの「FM-Integration」を採用している。
BIMモデルと維持管理BIMシステムとがID連携できるのは、BIMソフト「GLOOBE」がMicrosoft Accessのドキュメントデータベース(MDBファイル)を出力できるからだ。BIMモデルで生成された属性情報には、個々に唯一無二のIDが付与され、そのIDに基づき、維持管理BIMシステム上で援用される情報と紐付けされる。このように維持管理BIMシステムと極めて高い親和性を発揮するのがBIMソフト「GLOOBE」の優位性である。加えて特記しておきたいのは、先導事業者型モデル事業の応募要件にある「特に発注者メリットを含む検証」をエビデンスに裏付けられたものとするために、技術研究所自らが施設管理者として維持管理BIMシステムを運用している点だ。維持管理業務の専門職でない担当者が自ら維持管理BIMシステムを運用する仕組みによってこそ、より現実的な発注者メリットの抽出が可能となるからである。
発注者によるEIR(発注者情報要件)と受注者によるBEP(BIM実行計画書)を定義
プロジェクト部門連携図からは発注者、受注者、ライフサイクルコンサルティングそれぞれの果たすべき時系列的な役割がわかる。EIR(発注者情報要件)には、発注者として求めるBIMの運用目的、納品するデータの詳細度、プロジェクト実施中のデータ共有環境の要求などが明記される。受注者にとってはBIMを運用する上での必要事項を示したものとなる。
BEP(BIM実行計画書)には、プロジェクトにおいてBIM活用するために必要な情報に関して受注者が提示する取決めなどが明記される。具体的にはBIM活用の目的、目標、実施事項とその優先度、詳細度(LOD)と各フェーズでの精度、情報共有・管理方法、業務体制、関係者の役割、システム要件などが定められている。
ライフサイクルコンサルティングは、創るBIM=設計BIM、建てるBIM=施工BIMといった建築生産プロセスだけでなく、竣工後の建築物の維持管理や運用段階も含めたライフサイクル全体を通じ、建築物の資産価値向上の観点からマネジメントする手法、そのために発注者を支援することが業務と定義されている。検証に際しては、ライフサイクルコンサルティングが従来の建設業においては存在しない新しい職能であることから、ライフサイクルコンサルティングとしての役割を担ったBIM推進室にとっても試行錯誤の連続であった。そのためBIM推進室では、「発注者メリット」を現実のものとすべく、維持管理業務の専門職ではない技術研究所の担当者が日常的に運用できる親しみやすく、使いやすい維持管理BIMシステムの構築をライフサイクルコンサルティングの主目的として絞り込み、実践していった。
「エクセル」などによる施設の維持管理業務と維持管理BIMシステムによる業務量の比較検討
施設維持管理業務の検証の実際を見てみよう。従来、技術研究所においては担当職員が竣工図書のファイリングシステムや表計算ソフト「エクセル」などを用いて日常的に施設の維持管理業務を行っていた。今回は、それらの従来業務と維持管理BIMシステムによる業務量を比較、検討し、メリットを検証した。維持管理用として整備しているBIMソフト「GLOOBE」上のBIMモデル(分類)をリバースエンジニアリングしてFMモデル(分類)を生成する。その際に、FMモデルを生成しやすい設計モデル、施工モデルのあり方を検証し、BIMモデル(分類)をFMモデル(分類)へと効率よくリバースエンジニアリングする自動分類方法を検証している。同時に技術研究所、工事部、建築設計部、BIM推進室がそれぞれの立場で従来の業務量と維持管理BIMシステムによる業務量の比較検討を行った。
これまで維持管理BIMシステムとして「FINE-WEBS」と「FM-Refine」を採用していたが、直近では、ベンダーであるFMシステムが両システムを統合した「FM-Integration」を維持管理BIMシステムの中核に位置づけている。「FM-Integration」は、統合データベースを中心にBIMや図面管理、長期修繕計画、点検、保全管理などの機能を連携、施設に関連する情報を統合するなどライフサイクルマネジメントを支援するプラットフォームへと革新されている。
「FM-Integration」は、WEBベースで稼働し、デバイスに依存しないためパソコンだけでなく、スマートフォンやタブレットなどからも操作できることから、現場でのリアルタイムで機動的な運用を可能としている。
今回の検証によって設計施工を経て構築されるBIMソフト「GLOOBE」による統合モデルが、BIM推進室の検証によるBIMモデルのデータマイニングによってFMデータベースへと変遷し、施設管理業務の中核をなすトータルプラットフォームである「FM-Integration」上で日常的に運用可能との全体像を見える化できた点が特筆できる成果である。
新たな試みとして実装したNearly ZEBと外構ビオトープを検証対象とする
技術研究所の改築・新築に際しては、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)への社会的ニーズの高まりを受けて、新たな取組として※Nearly ZEBの実装と外構ビオトープの整備に挑戦、それらも検証の対象としている。
Nearly ZEBの実現において実装された温度、CO2、光などの各種の環境センサー情報を維持管理BIMシステムへ取り込み連携するための課題を分析し、データの連携方法、データ形式、更新のタイミング等を検証している。具体的には、ランニングコストを含めた長期修繕計画立案のため、修繕・更新費用に加え、光熱費などのランニングコストを含めたトータルLCCを算出、ダッシュボードに表示する。それによってNearly ZEBで実現しているエネルギー消費バランスを維持管理BIMシステムと連携し効果の具現化を目指す。
外構ビオトープにおいては、希少植物の育成に関する実験を行い、水景システムフロー設備を設置して維持管理BIMシステムと連携する。維持管理情報の収集と検証については、実験池形状モデルから水量、護岸面積を算出し、独自の維持管理パラメータや水浄化システムの設備属性を収集すると共に水浄化システムの設備属性、耐用年数、経年劣化を検証、運営コスト情報の見える化を行っている。
※Nearly ZEB:省エネ(50%以上)+創エネで75%以上の一次エネルギー消費量の削減を実現している建築物のこと。ZEB:Net Zero Energy Building:快適な室内環境を実現しながら、建築による負荷抑制(高断熱・日射遮蔽・自然エネルーギ利用等)を図り、高効率設備機器の採用によって消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建築物のこと。建築物の中では人が活動しているためエネルギー消費量を完全にゼロにすることはできないが、省エネによって使うエネルギーを減らし、太陽光発電等による創エネによって使う分のエネルギーを創ることで、エネルギー消費量を正味(ネット)でゼロにすることができる。
発注者自らが作成するEIR(発注者情報要件)が維持管理BIMシステム運用の出発点となる
先導事業者型モデル事業への選定が関係者のモチベーション向上に寄与したが、一連の検証作業によって解決すべき課題も見える化でき、それらの多くを社内で共有できたのも大きな成果であった。
現在、既築建築物の多くは、維持管理にまつわる点検表や点検記録などをアナログの書類ベースで保存しており、それらを早期にデジタル化して維持管理BIMシステムとどのようにして連携させるのかが重要な課題である。日常的に稼働している機器類の故障や修繕時のデータをIoTなどによってリアルタイムで収集して維持管理BIMシステムと連携させるのも焦眉の急である。Nearly ZEBの実装と運用によって得られた知見を※BEMSとの連携によって高度化し、維持管理BIMシステムと連携させる次なる課題も明らかとなった。それらの課題をトータルに解決する維持管理BIMシステムの将来像は、すでに視野に入ってきたに違いない。
設計施工におけるBIMによる建築物のデジタル化は、建設業内部での合目的性によって進められており、現実的には、発注者(建築主)は、プレゼンテーション時などに情報の見える化の恩恵を受ける程度であった。建設時に発生する設計施工に関わるコストは氷山の一角であり、水面下に隠れる竣工後の建築物の維持管理コストはそれの数倍となることは自明となっている。多くの建築物の老朽化が進む中で重要性を増す保守管理業務の負担増も課題となっている。それらの状況を受け、建設業においては、設計施工時に構築されたBIMデータを竣工後の建築物の施設管理に援用しようとする動きが加速している。BIMデータの守備範囲を建築物の施設管理に拡張する中で、水面下の維持管理コストを極小化することこそが発注者メリットであるのが明らかとなったからだ。「BIMを活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業」など国土交通省のBIM普及に向けた動きの中で、発注者自らが主体的、自覚的にEIR(発注者情報要件)を作成すべきだと宣した意味は大きい。EIRの明確化こそが何十年もの長期に亘る建築物のライフサイクルコスト全般をコントロールする維持管理BIMシステム構築の出発点となるからだ。
建築物の変遷をデジタル化する維持管理BIMシステムは、多岐にわたる維持管理のコストを軽減するだけでなく、IoTやAIと連携することで、将来的に発生するリスクやコストを予知する能力を持つなど、コスト、時間、人的資源などの変遷をエビデンスによって見える化する。それら高度にデジタル化された維持管理BIMデータを保持する建築物は、資産価値向上の面でも発注者に大きなメリットを付与するだろう。現状の紙ベースで維持管理され、それらのアナログ情報に基づく不正確な判定、評価によって多くの企業のバランスシートは成立している。近い将来、維持管理BIMシステムの普及は、建設業の内部に留まらず、広く社会全般に影響を及ぼすに違いない。
※BEMS:Building and Energy Management System: ビル・エネルギー管理システム。日本語では「ベムス」と称される。
参考:国際規格のISO19650で定義されているEIR(発注者情報要件)・BEP(BIM 実行計画書)
国土交通省傘下の建築BIM環境整備部会による第一回建築BIM 環境整備部会(資料11)にもあるように、発注者(建築主)がBIMによる恩恵を感受するためにも、自らが主体的にEIRを起案することが明記されている。今回の検証においては、設計施工の自社案件であり、自らが発注者であることを生かしてEIRを策定している。
EIRは、発注者情報要件と訳される。出自であるISO19650は BIM の国際規格で、建築物のライフサイクル全体をBIMで管理、運用するプロセスについて詳細にわたって定義している。最も重要なのは、発注者がBIMの援用を前提として発注者情報要件を明らかとして、資産運用時の情報要件までを明示するとしていることだ。
具体的には、設計施工段階で構築されたBIM モデルを竣工後の建築物の維持管理、運用に援用する際の方法、それぞれのフェーズでの要求事項及び情報モデルについて規定している。ここではISO 19650で使用されている用語など概略を紹介する。末尾にISO19650で定義されているBIM関連の用語を列記しているので参照してほしい。
最初に発注者は、EIR:発注者情報要件を自ら作成し、その中でAIR:資産運用時の情報要件を記載するとされている。発注者が作成したEIRとAIRによる指示に従い、設計施工業者はPIM:プロジェクト情報モデル=設計施工段階でのBIM モデルを作成し、維持管理業者はAIM:資産情報モデルを作成する。また、PIM:プロジェクト情報モデル=設計施工段階でのBIMモデルを維持管理に使用するAIM:資産情報モデルへと展開する際に重要な役割を果たす新しい職能としてライフサイクルコンサルタントが明示されている。その後、ライフサイクルコンサルタントの差配の基で、維持管理システムと連動して維持管理業者が作成したAIM:資産情報モデルが運用される。
◇ISO 19650における用語事例:英文はISO 19650より出典
EIR:Employer Information Requirements(information requirements in relation to an appointment):任命に関する情報要件:情報交換要求事項:発注者情報要件。
AIR:Asset Information Requirements(information requirements in relation to the operation of an asset):アセットの運用に関する情報要件:資産情報要求事項:資産運用時の情報要件。
BEP:BIM Execution Plan(plan that explains how the information management aspects of the appointment will be carried out by the delivery team):情報管理が実施チームによってどのように実行されるかを説明する計画:BIM 実行計画。
AIM:Asset information model(information model relating to the operational phase):運用フェーズに関する情報モデル:資産情報モデル。
OIR:Organizational information requirements(information requirements in relation to organizational objectives):組織の目的に関連した情報要件:組織の情報要求事項。
PIM:Project information model(information model relating to the delivery phase):実施フェーズに関する情報モデル:プロジェクト情報モデル。
PIR:Project information requirements(information model relating to the delivery phase):アセットの提供に関する情報要件:プロジェクト情報要求事項。
取材記者/建築ジャーナリスト 樋口一希氏
2022年12月