設備設計会社が建築部門を拡大しGLOOBEを導入、BIM設計を中心に押し進める新フィールド開拓
宮城県仙台市に本社を置く株式会社魁設計は、社名の通り建築設計を主業とする一級建築士事務所である。元々は電気設備・機械設備の企画・設計・監理を、仙台を中心に、東北から東京にかけて展開する設備設計会社だったが、5年ほど前に意匠設計分野の業容を拡大。同時にこの意匠設計部門にGLOOBE Architectを導入し、BIM設計による新たな展開を開始した。新規ツールを用いて進める新分野の開拓という大胆なチャレンジだが、実はこの新戦略を牽引する設計部長の境田聡氏は、他社で10年以上のBIM運用経験を持つBIM設計のプロフェッショナル。たった1人のBIM設計部門ですでに着々と成果を上げつつある。ここではそんな境田氏のBIM設計の取り組みの詳細について伺った。
BIM設計で新しいフィールドを切り開く
「もともと私は別のアトリエ系の建築士事務所で設計者をしていました。特にコンペ等の設計競技のためのプランニング……デザインを含めた総合的なプラン作りとプレゼンテーションを担当していました。その関係でBIMについても、かなり早くから導入していました」。そんな境田氏が、以前から知り合いだった魁設計の社長に設計者としての腕を見込まれ、直々にヘッドハンティングされたのは今から約5年前のことだ。当時、魁設計は電気設備や機械設備を専門とする設備設計会社だったが、意匠設計分野へもフィールドを拡大したいというトップの意向により、境田氏がスカウトされたのである。
「魁設計の社長とは前の事務所に勤務していた頃からの知り合いで、当時は外注業者の一つとしてよく仕事をお願いしていました。だから気心は知れているし、意匠設計分野を新規開拓するのも面白いな、と思ってお世話になることにしたんです」。その時、会社の移籍と同時に境田氏が持ち込んだのが、前の事務所でも愛用していたGLOOBE Architect(以下 GLOOBE)とこれによるBIM設計のノウハウである。当時、魁設計にBIMの概念はなく、BIMソフトを使う設計者も皆無だったが、BIMのもたらすメリットとその必要性の高さを境田氏が説明すると、社長はすぐにこれを理解してくれたのである。
「当然、魁設計におけるBIM導入は私が中心になって進めることになりました。まずはBIM設計で使用するツール選びですが、これは迷うことなくGLOOBEを選択しました」。実は境田氏は、以前の事務所での長年のBIMへの取り組みの中でGLOOBE以外の代表的なBIMソフトも使用する機会があり、それぞれの特徴についても知悉していたのである。「一番の選定ポイントになったのは操作性です。当時、代表的なBIMソフトとされていた海外製の2製品に比べて、GLOOBEは遥かに取っつきやすく、非常に使いやすかったのです。これは私が以前愛用していたJw_cadに操作が似ていたからかも知れません」。境田氏によれば、海外製BIMソフトは独特な操作系を持ち、何をするにも一旦立ち止まり考えてから操作する必要があったのに対し、Jw_cadに似た操作系を持つGLOOBEなら何も考えずに直感的に操作できたのである。実際、境田氏はGLOOBEの操作習得にあたり、マニュアル類は一切使用しなかったと言う。
「基本的にいちいち考えながらやるよりも何も考えずに操作できる方が、作業効率は断然良いですから。まあ当時のGLOOBEはまだ出たばかりで、他製品に比べ改良すべき点は幾つもありました。それでも選びたくなるほど直感的な操作性は魅力的でした。10数年経った今は、GLOOBEも大きく進化し問題点の多くが解消されてますので、当時以上に安心して選べますね」。
リアルなパースが打ち合わせを変える
このようにしてGLOOBEが導入されると、いよいよ境田氏による意匠設計フィールドの開拓とGLOOBEを核とするBIM設計の運用が始まった。境田氏は意匠担当なので計画がメイン業務となるが、プランニングはもちろん、お客様へのプレゼンテーションや、お客様からの要望をプランに反映させて具体的なビジュアルに表現した上で提案していく作業も多いようだ。
「うちの事務所で扱っている物件は今のところ改修工事が多いです。もちろん新築物件もありますが、まだこれからです。建築としては箱物が中心で、コンペはまださほど多くなくて、医療施設や老人福祉施設などを中心に年に一回程度。もちろんその場合もGLOOBEをメインに使用しますが、BIMモデルを共有・連携していくというよりも、パース制作など、ビジュアライゼーション中心の活用が多いですね」。もちろん最終的には、事務所のもう一方の柱である電気設備や機械設備分野との連携を目標としているが、それを実現するには、まだもう少し時間がかかりそうだ。
「それでもBIM導入はすでに充分のメリットを生み出しています。たとえばコンペで行うプレゼンテーションですが、以前は手描きパースに着色してお見せする程度でしたが、GLOOBE導入後は、フォトリアルなパースで提案しており、社内外で好評です。たとえば最近参加したコンペで、四方をガラスで囲った木造建築を提案したのですが、熟練したパースライターが丁寧に手描きして仕上げても難しいガラスの表現がGLOOBEで上手く出来ました。このパースがかなり評価されて当選に結びつけることができたのです」。
イメージを正しく伝えるために
GLOOBEで作ったビジュアライゼーションの効果は、ビジュアルインパクトだけではない、と境田氏は語る。たとえばお客様に設計意図を的確に分かりやすく伝え、より多くのお客様の興味を喚起し、早い段階から多くの要望を集めることができる。結果、設計の内容もより熟れたものとなるわけだ。「これも最近の例ですが、仙台のあるコンベンションホールのレストランテナント工事を請け負った時のことです。当初はプランだけの打ち合わせだったこともあって、お客様側の出席者は建築に詳しい方が1人だけおいでになり、一対一で打ち合わせていました。ところが話が進むに連れお客様側の出席者が徐々に増え、最終的には7人にもなったんです」。
建築の素人である普通一般の人が、図面等を見ても理解できず、具体的にイメージするなど難しい。そのため意見も要望も出しようがない。だから打ち合わせ等も「建築に詳しい人」に一任してしまう。結果、打合せに未参加の人が完成物件を見て「違う」と感じることも少なくない。今回はGLOOBEで作ったリアルなパースがイメージを担当者へ伝え、そのパースを見た未出席の関係者の多くがプロジェクトを我がこととして捉えるようになり、要望が出てきたのだろう、と境田氏は推測する。実際、7人との議論は盛り上がり、「ああしよう」「こうしよう」と活発な意見交換が行われるようになったと言う。
「まさにチームで作っているような感じで、非常に有効というか、早い段階からお客様のさまざまな要望を取り込んでいくことができ、後の進行もとてもスムーズでした」。この物件に関してはもう一つ面白い話がある。レストラン内に大胆なボタニカル調のクロスがあしらってある。これは境田氏が一番最初に生み出したイメージで自身も大事にしていたものだが、最初にお客様に説明した時にはなかなか理解されなかったという。「どうしてレストランの中にこんなのが入るの?」「なんだか派手じゃないの?」といった声も上がっていた。そこで境田氏が、GLOOBEでこれを実際に起こして建築モデルに落とし込んでお見せしたところ、女性を中心に「すごく良い」と意見が一転し、「じゃ採用してみよう」という流れになったのである。
「この物件はつい最近竣工したので、私も見に行かせてもらいましたが、良い感じに仕上がっていました。ボタニカル調のクロスについても“やはりすごく良い” “イメージ通りだ”とお客様も言ってくださり、とても嬉しかったです」。
最初のイメージを立体でチェックしていく
「質の高いビジュアライゼーションと並んで、GLOOBEの強みとして日本の建築基準法への対応の確かさがあります。機能で言ったら法規チェック機能ですね。GLOOBEの場合、この法チェックがすごくやりやすいんです。とても分かりやすいし、実際の計画と連動しながらリアルタイムで判断してくれる。だから設計実務を大きく効率化してくれます」。日本の建築法規の変化に素早く対応してくれるのは、やはり国産BIMソフトならではの強みだと境田氏は言う。
「特に私の場合、一番最初のプランを立てる際に平面からではなく、まず立体的なイメージ作りから始めるので使い勝手の良い法規チェック機能は欠かせません」。つまり、“どうすれば自分のイメージを実際の建物として実現できるか?”を考えるにあたって、境田氏はGLOOBE上で作った建築モデルを法規チェック機能を用いて、法的には“ここがアウトなのか”、“これでOKなのか”と繰り返しチェックする。そうやって境田氏はイメージを現実の形に近づけていくのである。
「今後の目標ということで言えば、やはり設備設計部門との連携ですね。設備とか電気工事の分野でBIMデータを活かして作業するようになれば効率等も全然違ってくるでしょう。また、意匠の方で大きなメリットを生み出した質の高いリアルなビジュアライゼーションは、設備設計の分野でも大いに役立つと思います。初期段階から完成時のイメージが掴めれば、リスク回避にも繋がるでしょう」。ここで言うリスクとは、たとえば建築とのバッティングだ、と境田氏は言う。建築側が想定していなかった所に設備配管が出てしまったり……そういったトラブルは現実に発生している。もしもBIMによって建築と設備の両者で建築モデルを共有し、設備設計の段階で干渉チェック等を行うことができれば、そうしたミスは未然に防げるだろう。
「その意味で、BIMがまだ導入できていない会社がBIMに挑戦してみようと思うなら、いきなり設計施工でBIMモデルを共有して……みたいなレベルを目指さず、パースなどビジュアライゼーション作成から始めれば良いと思います」。なぜなら、それがもっとも手軽にBIMの機能でメリットを感じさせてくれるものだからだ、と境田氏は言う。はっきりしたメリットが感じられるものでなければ、やはり新しいツールを使い続けるのは難しい。BIM活用としては小さな一歩かも知れないが、そこから一つずつ理解を進め活用を広げていけば、本格的なBIMの展開もスムーズに進められるというわけだ。
「私自身、まだまだGLOOBEの機能をすべてを引き出せているわけではありません。だから自分自身、さらに努力して技術を高めていきたいですね。もっとBIMとしての機能を最大限に活かせるように、いろいろ勉強していきたいと思っています。だから……というわけではありませんが、GLOOBEにもまだまだ進化していただきたい。特に3D部品データのさらなる充実を期待したいですね。最初にイメージを作る私のやり方だと、建材とか部材とか仕上げとかもこのイメージに合ったものがどうしても欲しくなります。イメージ通りのものがすぐに見つかれば良いですが、いくら探しても無い場合もやはりあるわけで……。いろんなジャンルのいろんなメーカーの“使える部品”をどんどん増やしていってほしいですね。期待しています」。
取材:2023年9月