新築案件の全てをBIMモデル化して現場へ提供。現場が求める、現場のための施工BIMを目指す
東京都港区の飛島建設は、創業130年余の歴史を持つ中堅ゼネコンである。土木、建築工事全般に幅広く展開する同社は、特にトンネル工事やダム建設に豊富な実績を持ち、現在もリニア中央新幹線のトンネル工事JVに参加するなど技術力には定評がある。そんな飛島建設がBIM研究を始めたのは2015年2月。BIMワーキンググループが研究に着手し、翌2016年8月から本格的なBIMの取り組みを開始。BIM推進室を設けてBIMの早期導入と全国展開を始めたのである。特に施工部門はJ-BIM施工図CADとGLOOBEをメインツールに、いまや受注案件のほぼ全てでBIMモデルを作成し、各現場に提供するなど積極的な取り組みを進めている。独自のBIM戦略を牽引する、建築DX推進部建築BIMグループの吉松公生部長にお話をうかがった。
2016年【1】:BIM推進室新設
「当社がBIM推進室を新設し本格的なBIM普及への取り組みを開始したのは、2016年の夏のことでした。私がこの活動を任されたのもこの時からです。もっとも推進室と言っても、当初は私一人という部署で、あとはオペレーターさんが一人いるだけという状態でした」。吉松氏はそう言って苦笑いする。当時は吉松氏自身にとってもBIMは未知の世界であり、その取り組みはまず「BIMとはどんなものなのか?」「何ができるのか?」調査研究する所から始まったと言う。「いろいろ調べていくと、BIMで3Dモデルを作ればそこから施工図も生成できると分かってきて、試す価値があると思いました」。とにかく実際に使ってみなければ、実務で使えるかどうかは分からない。実物件で実際にモデルを作って施工図を描いてみよう。そう考えた吉松氏が、手に取ったツールが福井コンピュータアーキテクトのJ-BIM施工図CADだった。
「BIM製品もいろいろありましたが、あれこれ試している余裕もなかったので、施工部門では最初からJ-BIM施工図CADで行こうと決めていました。なぜならこれが躯体施工図を描けるBIMソフトだったから。加えて意匠部門ではGLOOBEによる取り組みを始めていたし、いつでも連携していけるはずだと考えたのです」。
J-BIM施工図CADは、施工図面作成から積算・集計まで自動処理する3D施工図作成システム。基礎、基礎梁、柱、梁、スラブ、壁など各部材の情報をデータベースとしてリストに登録すれば、通り芯と面芯距離を設定し、登録部材を配置していくだけで躯体図を自動作成できる。最少人員でスタートしたばかりで人手が足りなかったBIM推進室にとって、躯体施工図をスピーディに作成できるJ-BIM施工図CADは「持ってこい」のBIMツールだったのである。
「現場にBIMを普及させるには、ただBIMソフトを現場に押し付ければ良いわけではありません。むしろ、あちらから要望されるくらいにならなければ本格的な普及は困難でしょう。となれば、ある程度こちらがBIMソフトを使いこなし、施工図等を描けるようにしておく必要があります。頼られる前に準備を整えておこうというわけですね」。まずはそうやって現場の人たちにBIMを知ってもらい、興味を持ってもらい、さらにそのメリットまで感じてもらうことで、BIMの必要性を意識させる必要があった。そこで吉松氏は受注案件の中から適当なものを選んで、J-BIM施工図CADで3Dモデルを制作。これを現場へ提供していく活動を開始した。
「躯体モデルを作って現場へ提供すれば、きっと現場の人たちも“これから自分たちが建てる建物”のモデルをビューワーでぐるぐる回すなどして、BIMに触れる機会が増えていくでしょう。さらにはそうした現場の中から、このモデルを活かすさまざまなBIM活用法が生まれてくるのではないか──そんな期待もありました」。
2016年【2】:BIM活用第1号現場
こうして2016年に始まったBIM推進室主導のBIM活用現場の第1号として、八王子に建設予定だった17階建て高層マンションの案件が選ばれた。それはこの物件が自社の設計施工案件であり、しかも複雑な躯体構造を備えた建物として設計されていたからである。
「1~2階が店舗で、3階から上がマンションというプランだったんです。つまり、そこで主要用途が変わるので、区間で排水の曲がりが生じたりするほか、1階店舗でエスカレーターを作るなど、躯体そのものもなかなか複雑だったんです。そのため現場の人たちにとって難しい、分かり難い躯体となっていました」。そこでこの躯体を3Dモデル化により可視化して提供し、打合せ等に使ってもらえば、現場の職人たちにも理解しやすくなる。そう吉松氏は考えた。しかもこの設計では設備設計も同様に複雑になる。限られた天井高で配管を通す必要があり、区画を貫通してもいけないし躯体を痛めてもいけない。3Dモデルがあれば、干渉チェックなど検証にも大いに役立つはずだった。まさにBIMを活用するのに格好な案件だったのである。
「まぁ、そうは言っても第一号ですから、実際は大々的に導入!という雰囲気ではありませんでした。“こんな新技術がありますよ!”“使ってみませんか?”と提案するような感じで……。ある意味、現場の社員に対して行なった、私たちのプレゼンテーションだったのでしょう」。幸いこの現場では、提供した躯体モデルは吉松氏の狙い通りに活用され、好評を得ることができた。だが、だからといってBIMに対する社内の関心が一気に高まったわけではない。「現場で便利に使えるのは分かっていたので、そうと知れば現場の人もどんどんBIMに触るようになり、自らモデルを仕上げてくれるようになるんじゃないか──という期待もありました。しかし、実際にはその現場では好評をいただいても、そこから他の現場や各部門にまではなかなか広まっていきません。正直言って、これは私の計算違いだったと言わざるを得ないでしょう」。
2017年:躯体モデルを提供&フォローアップ
やはり、現場や社内に「BIMというもの」に興味を持ってもらうため、種蒔きにも似た普及活動を続けていくしかない。そう思い定めた吉松氏は、引き続き受注案件の中から物件を選び、J-BIM施工図CADで作成した躯体モデルを、それぞれの現場へ提供していく作業を継続。さらに、躯体モデルを提供した各現場や各地の支店にみずから足を運んで、実地でのBIM啓蒙活動を進めていくことにした。
「この年、J-BIM施工図CADで作成した躯体モデルは11件。そしてBIMモデルを作成した作業所へ積極的に足を運んでフォローアップを行いました。さらに各地で開かれる所長会議や支店会議へもお邪魔しましたね。“BIMでこういうものをやっています”とプレゼンして回ったんです」。こうした活動を積み重ねていくうち、躯体モデルを作成し提供した各地の現場で、意欲的な現場所長が音頭を取って、みずからその活用方法を模索するような動きが生まれ始めた。
「たとえばある体育館施設の建築工事では、躯体を進めながらそこに付く鉄骨階段をどうやって安全に吊り込むか、現場の課題となっていました。そこで現場の人たちは、私たちが提供した躯体モデルを使い、吊り込み方法に関していろいろ施工シミュレーションを行なったのだそうです」。たとえば上の梁等に予めアンカーを仕込んでおいて、鉄骨を先行搬入しておいて吊しながらここで降ろす……と言った具合に、躯体モデルとビューワを駆使してビジュアルなシミュレーションを行ない、皆で議論しながら最小限の時間で最適解を導き出すことに成功したのだ。「この現場の場合、私がそんな風に使ってくれと言ったわけではなく、現場の所長がこうした利用法を提案したと聞いています。実際、この頃からこうした動き……現場でのBIM活用が少しずつ増えていきました」。
躯体モデルだけとはいえ、事前にそれが用意されていれば、現場スタッフはこのモデルを見ることで建物と工事のボリュームを把握することができる。そして、“ここが大変だな”とか“あそこは気をつけて取り組まなければ”等々、気配りすることも可能になるのだ。現場の情報共有にも、教育にも力を発揮するBIMの有用性に、現場自身がようやく気付き始めたのだった。
2018~2019年:推進DX推進部建築BIMグループへ
「2018年はBIM推進室にGLOOBEのオペレーターが加わり、両ソフト間の連携や互換性についても確認を行なっていきました。もちろんBIMモデルは、前年に引き続いてJ-BIM施工図CADで16件。加えてGLOOBEモデルについても12件ほどを作成しています」。さらにこの年、設備専用CADのオペレーターも参加し、BIM推進室の陣容はいっそう充実。独自の操作マニュアルの整理等の取り組みも始まった。そして翌2019年、全社的な組織改編により飛島建設のBIM普及&活用の取り組みはいっそう加速する。
「2019年8月、新たに建築事業本部建築DX推進部が新設され、私たちはこの建築DX推進部に属し建築BIMグループとなりました」。改組と共に大きく人員が増え、BIM普及の取り組みもさらにフィールドを拡げていく。社外の協力業者とのBIMソフト連携やデータ互換性確認などの作業が始まり、技術社員研修ではBIM講習も開始されるなど、全社的なBIM運用に向けた基盤づくりがスタートしたのである。
「この年制作したJ-BIM施工図CADモデルは12件、GLOOBEモデルも4件作りました。これは当社が昨年受注した一定規模以上の新築工事の75%を占めます。物件もさまざまで、某大学のプール施設や北陸新幹線の駅舎などもあります。そして、今年は現在までに受注した新築工事のうち、BIMモデル作成に概当するもの全てをBIM化しています」。提供したモデル全てがフル活用されているとは言えないが、すでに工事関係者の合意形成から干渉チェックや納まり確認、施工検討、シミュレーション、さらには施工図作成や数量計算といったBIM活用報告も届いていると言う。飛島建設の現場におけるBIM活用は確実に広がっているのだ。
2020年:もっとも敷居が低いBIMツール
「今年始めた新たな取り組みとしては、動画によるBIMの普及も挙げられます。J-BIM施工図CADの操作とBIMモデル活用を習得するための動画配信ですね」。吉松氏によると、前者はJ-BIM施工図CADの操作マニュアルに沿った内容で、後者はBIMモデルを受け取った現場がどのように触っていけば良いのか具体的に作っているという。この2種のBIM教育動画は、現在イントラネットからMicrosoft Streamを通じて配信中だ。
「Microsoft StreamなのでiPadやiPhoneでも見られます。iPadは全社員に配布済みなので、現場でも電車の中でも気楽に見直して再学習できます」。これらを使い、若手だけでなく特に現場を知り尽くしたベテランにこそJ-BIM施工図CADを学んでほしい、と吉松氏は言う。「BIMは技術を持つ人が使ってこそ真価を発揮します。現場が使わないとBIMは広がらないし、技術も向上しません。全てをオペレーター任せとは行かないのです」。だからこそ施工部門のBIMツールはJ-BIM施工図CADなのだ、と吉松氏は続ける。
「J-BIM施工図CADはBIMに使える3次元CADで、最も“敷居が低い”と感じます。機能も必要十分なものを備えているし、一番分かりやすく、使いやすいBIMソフトと言ったらこれでしょう。GLOOBEも“普段使いのBIMツール”と言われる通り、やはり敷居が低いCADと感じます」。むろん求められれば他社CADも使うが、当面、J-BIM施工図CADを施工部門のBIM戦略のベースとしていくことは変わらないという。
「GLOOBEも、GLOOBE Constructionとして仮設や土工等の施工支援プログラムが追加されることで、いっそう“日本の現場に合う”という思いを強くしています。両ソフトの今後の発展に期待したいですね」。
取材:2020年12月