GLOOBE導入によって設計スタイルも大きく変化。BIMモデルをフルに活かした図面レス設計への道
京都府宇治市の畝啓建築事務所は、建築家 畝啓氏が主催する一級建築士事務所である。2006年に空創房⼀級建築⼠事務所を開設し、2017年に現社名に商号を変更した。それ以来、畝氏は京都・滋賀エリアを中心に個人住宅や保育園、幼稚園などの幼児教育施設、社会福祉関連施設など、地域に根ざした多彩な建築を作り続けている。相談、企画、設計監理、引き渡しまで、一設計者が一貫して担当する個人事務所として活動している畝氏にとって、事業の拡大とともに業務効率化が重要な課題となる。そこで2012年、畝氏はGLOOBEを導入しBIMの活用を開始した。これにより業務効率化が進んだのはもちろん、建築家としてのクリエーティブスタイルそのものにも、大きな変化があったという。BIM設計の可能性を追求し続ける畝啓氏に、設計者にとっての「BIM設計の効用」についてお話を伺った。
BIMはプレゼン用途だけのものではない
「GLOOBE導入当初は、私もまずこれをパース作りに使うことから始めました。そして、もちろん2次元図面を起こすことですね。この2つが、BIM導入初期の主要な活用目的となりました。実際、それらは十分に効果的だったと思います。しかし、それを続けているうちにだんだん“それでいいのかな?”と疑問も感じるようになったんですよ」。たしかにBIMの活用できれいなパースをスピーディに作れるようになった。だが、それで本当にBIMを活用していると言えるのか? そんな疑問を抱いたのである。
「高品位のパースをお客様に見せるのは、もちろん“つかみ”として非常に有効だし、素早く作れるのが便利なのは間違いありません。でも、それが後工程で役立つことって、正直あまりない。つまり、このやり方でBIMが実際に役立っているのは、長い設計工期のほんの1~2%、もしくは始まってさえいないとも言えるのです」。さらに長いスパンで考えていけばBIMはもっと役立つはずだし、役立てるべきだ──と、畝氏は徐々にそんな風に考えるようになっていったのである。
「GLOOBEを使えばたしかにパース作りも簡単ですが、それでも見栄えよく仕上げようと思うと、それなりに背景や添景等の工夫が必要になります。色や光の調整、ゴミ掃除も欠かせません。でも、そんな風に時間を費やしてお見せすることに、どこまで意味があるのでしょうか?」。だったらむしろ、設計そのものをどんどん進めるべきなのではないのか。そう感じていた畝氏は、BIMの使い方についてもう一度原点に返って問い直した。
「最初、お客様に“どんなイメージになるの?”と問われたら、当然、パース等を作り“こんなイメージでどうですか”とお見せします。でも、次の段階になると質問も変わりますよね。たとえば“この窓はどんな形に?”“外壁の材質は何?”となっていく。これに応え、BIMモデルに反映させていくことで、自ずとBIMモデル内の情報密度も上がっていきます。今までは図面を使っていたのでなかなか困難でしたが、BIMモデルを使うことで初めてお客様と対話が成立するんですよ。これこそが設計者にとってBIMモデルの活用ということになるのではないでしょうか」。つまり、BIMモデルは情報密度を高めていくための器であり、単にパースを作るためだけの情報に留まらない、あらゆる建築情報が高密度に網羅されていくものなのだ。まず2D CADの代わりとして設計のプラットフォームとして活用し、そのまま施工、FMへと、さまざまな建築情報を適材適所で出し入れしながら幅広く活用すること。これこそがBIMの活用のあるべき姿だ。そう考え、実行するようになったことで、畝氏自身の設計スタイルも少しずつ変化していった。
図面への過大なこだわりが効率化を妨げる
「お客様とのやり取りとパラレルな状態でBIMモデルが連動してくれれば、理想だと思うんですよ。で、最終的にお客様が“もうこれで結構です”といった時に設計が完了し、工事発注となるわけですね」。当然、その時のモデルには発注できるだけのデータが蓄積されている──となれば理想だと畝氏は言う。無論、必要な図面をきちんと制作することに変わりはないが、現在では限りなくBIMモデルを活かす形でBIM設計を運用するようになったと言う。特筆すべきは、そこでの図面の扱いだ。GLOOBEによるBIMモデルをベースに進められる畝氏の設計工程においては、かつての設計業務における主役だった図面の出番が確実に減りつつあるのだ。
「もちろん図面は大切ですが、これにこだわり過ぎると効率化を妨げます。むしろ、私は“そこまで図面を重要視しなくていいのでは?”と、皆さんに問いたいですね。設計に関わるやり取りでは、個々のシーンに合わせてより良い媒体を取捨選択することが重要です。もちろん図面の優れた点も見逃せませんが、お客様との単純なやりとりではBIMモデルが有効な場合が多いのです。実際、このやり方で進めていて、施主から“図面を見せてください”なんて言われたことはほとんどありません。クラウドにBIMモデルをアップしておいて、LINE(ライン)で“見ておいてください”と伝え、お客様は無償でダウンロードできるビューワーソフト“GLOOBE Model View”で建物モデルを確認する。それが現在のお客様とのやりとりの基本となっています」。
結果として、お客様のために畝氏が制作し提出する図面の数は、BIM導入以前と比べ大きく減った。打ち合わせ期間中はほとんどBIMモデルを使って説明し、検討して、図面については最後に申請用と発注用、お客様へ確認用のものを提出する程度だと言う。「確認申請用の図面もデジタル化・BIM化が本格化すれば、そこでも今の形の図面は減っていきます。図面が無くなることはありませんが、流れは速まり続けるでしょう」。
BIMによる合意形成で不整合を撲滅
前述した通り、当初、業務効率化の推進を目標にGLOOBEを導入した畝氏だが、これによりBIMをベースとする設計スタイルを確立したいま、そこからさまざまなメリットを生み出すようになっている。なかでも畝氏が一番の導入効果に挙げたのが設計精度の飛躍的な向上である。
「これはGLOOBEユーザーの誰もが言うことだと思いますが、BIMモデルを使う事により、図面間の不整合を無くすことができるんですよ。たとえばある建具の数が建具表と平面図、立面図で一致しないなどということが無くなります。以前はこれがしばしば発生し大きな手間となっていたので、この影響は非常に大きいんです」。畝氏は例を挙げて具体的に説明してくれた。たとえば入札案件で、入札参加会社各社に入札見積してもらうため、現在でも多数の図面を各社へ配布するが、かつてはこの配布図面に不整合が発生することが多かった。読み取れない箇所は質疑回答日に質問され、設計者は回答を作らなければならない。以前の畝氏はこの質疑回答日が大嫌いだった。
「建具表では10枚のサッシが、平面図では12枚に、立面図では9枚になっている。“どれが正しいのですか?”と。入札見積に関わる内容だけに必ず質問が来ます。BIMならあり得ない図面間の不整合ですが、2Dではしばしばです。そうなったら全部ひっくり返して数え直さなければなりません。正直“うわぁ面倒くさい!”ですよ」。そういって畝氏は笑う。入札案件に関わる配布図面は現在も変わりないが、BIM導入以降、こうした図面間の不整合にまつわるトラブルは撲滅された。結果として、それにまつわる不毛なやりとりも消え、施工開始後も含めて施主や協力業者と会って打合せる回数自体が大きく減少。設計も施工も、時間とコストが大いに削減されたのである。
「図面主体のやり取りによる、コミュニケーション不足が問題だったんです。だから図面をBIMモデルに置き換えることで、施主はもちろん協力事務所や行政関係、施工者等々、建築に関わる全ての人たちとの合意形成がスムーズに行われ、皆が同じ方向を向いて仕事をするようになったわけです。そうなれば、全ての効率が上がり品質が向上するのは当然だったと思いますね」。
多くの設計者にとって、BIM化の結果、図面レスが進むのはなかなか受け入れ難いだろう。逆に図面を大切に思い、これに依存したがる設計者の気持ちもよく分る、と畝氏も言う。だが──と畝氏は言葉を続ける。「私自身、CADを使い始めた頃は図面を描くのが好きでしたから、“図面を書く機会が減っていく設計事務所”ってどうなんだろう? と最初はすごく疑問がありました。しかも、施主や施工者と会う機会も減っていくというのは、建築設計事務所の魅力を否定している気もします。しかし、BIMへと向かうこの流れは不可逆的なもの。もはや私たちは戻れないのです。だとしたら、その流れをより良くすべく努力するしかありません」。
新たなフィールドへ
「BIM導入によるメリットと言えば、もう一つ挙げておきたいことがあります。実はここ2〜3年、事務所に入ってくる仕事の内容が少しずつ変わってきています。それも新しい分野の仕事が増えているのです」。もちろん畝氏の事務所でも、戸建て住宅の新築案件が減少する一方で、既築の改修が増えている。だが、改修案件の増加と歩を合わせて増え始めたのが「既存の建物のBIMモデル化」という新しいタイプの仕事だ。従来型の設計事務所であれば、既築物件の図面を一から起こすことはまず無い。多くの場合、既築物件の古い青図等のコピーの上にCAD図面を強引に重ねて増築部分を描き、その部分だけの料金を請求するという形がほとんどだろう。しかし、畝氏のやり方は違うのである。
「つまり“ご自分の持ち物なのですからきちんと把握しましょうよ”とご提案し、既存建物のBIMモデルデータを丁寧に起こすのです。そこから増築するのか、改築するのか、話せるような形にしようというわけですね。もちろん、そのぶんの費用も時間もなるべくお客様にみていただくようにします」。畝氏の取り組みは、そこでは終わらない。そうやって既築物件をBIMモデル化することで、何十年も前の建物であってもBIMデータとして活用できるようになるのである。たとえば不動産評価は不動産鑑定士が簡易に行うものだが、最近は建物の詳細な評価を建築士に依頼するようになった。土地は評価額が決まっているので「この建物は10年後20年後に修繕などで幾ら掛かるのか?」という建物自体の詳細な評価が求められるからだ。いわばFM的評価で不動産の価値が左右されるのである。
「そこでBIMモデルが作ってあれば、20年スパンでも30年スパンでも、そのモデルでコストシミュレーションすることができるわけです。実際、私も税理士や不動産鑑定士から声をかけられるようになりました。この他にも不動産鑑定士から土地評価のため“その土地に何戸入るマンションが建てられるか”シミュレーションを依頼されることも多いですね。平面を描いてボリュームを出し日影斜線の検討など法的チェックしなければならないし、なのに仕事に結びつかないので普通の建築士はすごく嫌がるんですよ。私もBIMを使っていなかったら断るでしょうね。でも、GLOOBEがあればそれも簡単なんです」。
そう言って笑う畝氏に、BIMチャレンジの次のステップについてうかがってみた。
BIMデータの活用は建築の「外」にも
「やはり、FMですね。BIMに関わる多くのことがFMに繋がっていく実感があるし、私もFM絡みで何かやりたいなとずっと意識しています。つい最近も、仕事とは別に行っている地域活動で、そんな出来事に遭遇しました」。畝氏が事務所を置く京都府宇治市は、世界遺産の平等院をはじめ古い町家や町並みが残っている。畝氏は、宇治市と市民が一体となって進める町家・町並みの景観保存活動に参加している。
「この活動の一環として古い町家の調査を行おうとしています。建築時期や坪数、建方など簡単なデータと間取図程度の調査ですが、これもBIM化できれば、保存にも活用にも可能性が大きく広がります。モデルデータを蓄積してデータベース化すれば、公共サービスや学術分野などさまざまな用途が生まれるでしょう。FMと言っても活用の仕方は一つに限りません。私もいろいろと幅広く考えて挑戦したいですね」。
取材:2020年12月